女の子の日に聞きたい、WARP Recordsの名曲5選

女という性別であれば誰もがもてなさなければならない、月に一度の招かれざる客。
来なければ来ないでいろんな意味で困る、どちらに転んでも問題を引き起こす「それ」。「それ」と遭遇した時、少女は大人の女性へ成長を遂げると共に、向こう何十年もの憂鬱と苦痛の日々を背負うこととなります。「それ」の痛みは時として凶暴ですらあり、また部位も部位なだけに、声を大にして訴えることは難しく、それでも何とか不快感を伝えるための表現として、「女の子の日」などと呼ばれております。
しかしながらそのようなデパ地下の企画系スイーツのように甘ったるい表現では、筆舌に尽くしがたいこの苦しみを誤魔化すことはできません。かの昭和の大スターも歌い上げた「女の子の一番大切なもの」は、時に「一番凶悪なもの」へも変貌するということ。

これをいくら言葉で伝えようとも、男性陣にはなかなか理解しては貰えない。寧ろトラウマを植えつけるだけになっちゃう。いったいどうしたらこのイヤな気持ちをわかって貰えるのか…。

そうだ!音楽で伝えたら良いんだ!!!

というわけで、今回は鬱屈とした空気感でお馴染みの、イギリスはシェフィールドの音楽レーベルこと「WARP Records」から、愛して止まない5つの名曲と共に、女の子の日の感覚についてご説明したいと思います。

Squarepusher/50 Cycles

その日は、いつも突然訪れる。
周期的といいながら、明確な日にち、時間までは未だにわかっていない。
「女体の神秘」などと言えば聞こえは良いが、その神秘は血で描かれた地獄絵図である。

「それ」を迎える前日は、決まって全てを呪いたくなるほどの憂鬱に苛まれる。
いつもならば出来ることがなかなか進まず、味覚もなんだか普段と違う。
皮膚感覚がいつもより冴える代わりに、頭の働きはどんどん鈍る。
そして下半身からやってくる、形容しがたい激しさと気だるさのグルーヴ。

身体が倦怠感に包まれると同時に、何とも言いがたい痛みが下半身を支配していく。

前からキリキリ、後ろからズッシリ。なんでこんなときまで激しく責められなければならないのだろう。しかもどっちの責めも快楽とは無縁である。

「いっそ取ってしまおうか」

自分の性別を根底から嫌悪したくなる日々が始まった。

LFO/Tied Up(Sweep MIX)

鬱屈とした感覚は尚も続き、他人に対して寛容になることも難しくなる。
本当は違うのに、あなたのことが嫌いな訳じゃないのに、時として気持ちとは真逆の態度を取ってしまう。
暴力的な痛みを何とか堪え、吐き気すら催す激しさの中で、女は月ごとグロテスクな現象と向き合わなければならない。

幾ら外面を飾り立て、身づくろいをし、流行の服装と化粧で人工な存在になったとしても、この現象は人も一種の動物であるという隠すことのできない事実を突き付ける。

ゆるふわ働きガールを演じるあの子だって、愛されメイクに励むキラキラ女子だって、老廃物の塊を垂れ流す期間は確実に存在するのである。

Autechre/Pen Expers

女の子の日はとかく鉄分が足りなくなると言う。

もともと女性は貧血になりやすいというのに、更に大量の血を吐き出すとは、明らかに人体のプログラミングは何処かで記述を間違えているのではないか。しかもその周期すら、ストレスや不安でいとも簡単に狂ってしまう。

この辛い日々も規則的なシーケンスで編まれていればまだマシと思えるが、残念ながらいつだってインプロの如く私たちを驚かせている。

Autechreはアルバム「Cofield」で、究極的に無機質な質感でありながら生々しいまでの有機的なスケッチを描くことに成功しているが、この曲を聴く度、私は無機質な成分を本能的に欲し、同時に有機物である人体のプログラムが如何に狂いやすいかを実感する女の子の日にふさわしいと感じてならない。

Seefeel/Spangle

「痛いのなんてイヤイヤ」
「ガマンするのもイヤイヤ」

言葉だけを見れば我儘放題であるが、女の子の日というものはそうでも言わないとやってられない。
むしろそう言わせない周囲と言うものは、何と冷酷なのだろう。

「痛みに負けるな」?

うるせーばか。そんなシャブノリに付き合ってられるか。

女性にとって最も身近なドラッグの一つはおそらく鎮痛剤ではないかと思うのだが、某ピュアな錠剤でも抑えきれない時は、ぜひこの曲を聴いて頂きたい。

ピュアなエクスタシーによく言われる(らしい)、多幸感に包まれるイメージと共に、痛みを受け入れ、ゆっくりと外に流すコツが身に付くこと請け合いである。

なるほど、女性は女の子の日を通じて苦痛を受け入れ、流すことを学ぶのであろうか。これは一種のデトックスと言えるかもしれない。

こうなると単純にイヤなものとは言い切れなくなってきた。

Aphex Twin/Xtal

女の子の日を止める手段は幾つか存在するが、最も確実なのは年月を経て閉じること、即ち閉経である。
しかしながらその間、毎月毎月憂鬱で億劫な日々を過ごすことにもなる。

その時間を計算したところ、だいたい13歳〜50歳までの間、毎月5日間女の子の日を経験する場合
24×5×12×37=53,280時間となる。

約5万3千時間

なんという長さだろう。日にして約2,220日。年にして6年ぐらい。
不安など何もない、イノセンスの塊であるピカピカの1年生も、受験や恋愛やその他諸々の青春に悩むお年頃になってしまっている。

女性はこんなにも長くの間、女の子の日と向き合わなければならないのか。
iTunesにして何TBぐらいのデータを詰めたら良いのだろう。
もはや今回挙げた5曲では収まりがつかないぐらい長い。

ちなみにPMS(わかんない男の子はググれ)をお持ちの場合、
憂鬱な期間は倍プッシュで10万時間ぐらいとなる。
こうなると人生の半分ぐらいが憂鬱に包まれているようなものだ。

”女の子は人生がイージーモード”
などと揶揄される場面をたまに見かけるが、どっこい人体はバリバリのハードモードに設計されていたのだ。
横シューティングで言えば、1面のザコ敵がいきなり弾幕クラスの返し弾を撒き散らすレベルである。

そしてもう一つ、女の子の日を長期間止める方法がある。
いつもは排出しているだけの器官に子を宿すこと。
妊娠である。

私は妊娠経験がないため、ここからは、いやこれまでも妄想が多分に含まれた文章を連ねているのだが、この曲は子供の誕生を心待ちにする母親の感情にも似た、優しさに包まれた世界を想起させる。

リチャード・D・ジェームスは10代の頃、やっとの思いで手に入れた機械を使って、嬉しくて仕方がない気持ちを音楽で表したのではないか。音質の荒さやグルーヴの拙さも味として受け入れられる、可愛くて美しくて愛すべき、だけど意外と残酷な存在。全てのアーティストにとって、作品は子供のようなものである。

冒頭では女の子の日について、「来なければ来ないで問題」と書いてしまっているが、これはとても失礼な表現であった。問題なんて言ってはいけない。

女の子の日が来ないことは、即ち「女の子」が「母親」になる瞬間でもあり、人類にとって最も重要な時間の一つである。訪れるかどうかは定かではないが、万が一私にもその時が訪れたときは、今度こそ「大切なお客様」をもてなす心構えをしておきたい。

最後に:

いかがでしたでしょうか。

忙しい、自己責任、休みは甘え、が口癖の殺伐とした現代では、
苦痛以外の何者でもない女の子の日。
しかし本来はお赤飯が炊かれるのも納得の、とても大事な機能であることを再確認することができました。

この機会を与えてくれたこれらの名曲に改めて敬意を表すと共に、全国のuronボーイには「こんぐらい辛いんだぞ☆わかったら優しくしろよ☆」と、ナタの一つでも携えながら鬼の形相でお伝えする記事となれば幸いです。

・キネシオテープを十字形に貼ると痛みが和らぐという話を聴いたのですが、実践していないので効果のほどはわかりません。興味のある方はこちらを参考にどうぞ。
http://okwave.jp/qa/q2351958.html

・不順の方はラベンダーのエッセンシャルオイルが良いですよ(実践済み)。
ティッシュに含ませて枕元に置きながら香りを嗅いだり、お風呂の時に洗面器に数滴垂らし、シャワーを使ってアロマスチームっぽく香りをまとうのも良いです。

・人生で一番多く「女の子」という表現を使いました。もう当分書かないと思います。

em(MEOW!!!)

em(MEOW!!!)

WARP RecordsやPlanet-μを軸に、あっちら辺の素晴らしい音楽を紹介し続けるトンチキパーティー「MEOW!!!」主宰。現在はDJとして代官山UNITのイベント「Club Museum」のオープニングを担当したり、Plaidの来日公演でラウンジをオーガナイズしたり。口髭ラジカルwebマガジンのQeticでブロガーもやってますが、最近更新できてないです。
文章、DJに関するご依頼はいつでもウェルカムですよん。

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